<C&P>【銘無しの名無し:日常の断片 2/2】
「おっし!粗方片付いたな!」
「はぁ。やっと終わったぁー。正直夜目利かないから死ぬかと思ったぜ。なんで俺が夜戦に・・・」
「そりゃあ、お嬢のお目付役だからじゃねぇのか?」
「まぁ・・・」
曖昧な返事をしながら御手杵は頭を?く。
他の隊員も厚の一言を聞くと背伸びをしたり、あたりを少し散策したりと各々がリラックスしている。久々に夜戦に駆り出された俺からからしてみれば、慣れない戦闘の連続にいつもより疲労が溜っていた。
なんとなく思ったことを口にしてみる。
「にしても、夜戦の短刀は恐ろしいな」
「ん?まぁ、夜戦は間合いを詰めやすいからな。上手く立ち回り易いんだよ。・・・それはそうと、お嬢が見当たらないな」
厚はキョロキョロとまわりを見渡す。それにつられるように隣にいる俺もあたりを見回すが、それらしい影は見当たらない。
・・・なんとなく、落ち着かない。
彼女が一人で消えそうになっているのではないか、そう考えるとなんとも言えない焦燥感に駆られる。追い立てられるように、橋の方へ戻る。
「・・・」
橋の中腹、人影を見つける。黒い服のせいか体の闇との境目が曖昧になっている。捲っている袖から見える妙に白い腕が辛うじて彼女を闇から切り離している。
ふと、何かが横切る。
目で追うとそれは赤く発光しているように見える。発光、とは言っても闇の中で紋様がはっきり見えるというだけで、あたりを照らしている訳ではない。そしてそれは、不規則に中を舞っている。
・・・蝶?
不規則な動きで体に触れそうに なる蝶をよろよろとみっともない動きで避ける。そのうちに赤い蝶は橋の方へ橋の方へとよろめいて飛んでいく。視線を移すと、彼女の周りには沢山の蝶が舞っていた。彼女に集まっているようにもみえる。
幻想的と言えば、幻想的ではあるがいささか気味が悪い。
「おい。嬢ちゃん…?」
彼女が振り返るその刹那、辺りの蝶は煙が立ち上るように宙に消える。
『…あぁ。どうしたんですか?』
何事もなかったかのようにしっとりとした笑みを浮かべるその顔にはベッタリと血がついている。肌が白いせいか血の赤が目立ち、月明かりのせいで彼女の笑みは一層不気味に見える。
なにか面白いものを見るようにクスクスと肩を揺らし、 続けて夜空を仰ぐ。
『幽霊でも見たような顔をしてますよ?ひどいなぁ。僕は幽霊じゃないですよ。…にしても、綺麗な満月ですねぇ。この月に血濡れの赤は映えませんかね。どう思います?』
意見を求めている割には興味無さ気にシャツの裾で顔の血を拭う。服が黒いから分かりにくいが、よく見ると顔だけでなく全身に血が付いているようで布が更に黒く、加えて濡れて肌にくっついている時の独特の不自然な皺がついている。
『・・・本当に大丈夫ですか?お疲れですね。・・・それともなんです?僕のことが怖いんですか?』
「い、いや」
『そうですか?ともかく、多分本丸に帰ったら夜中でしょうし、厚君に言って早く帰って休みましょう』
ヘラヘラと自虐的に笑いながらそういう彼女は元気そのものだった。手を強く引かれて体勢を崩しそうになりながら、彼女の後に続いた。
* * * * * *
夜食を取りに行くことと無く、直接自室に向かう。
正直なにも食べたくない。僕の分はぎねさんに食べてくれるように言っておいたので無駄になることはないが、燭台切さんには失礼なことをしていると常々申し訳ない気分になる。とはいえ、食べて残すのもよろしくないだろう。
『―――――――』
無性に息苦しく、胸のあたりがむかつく。要は気持ち悪い。体中が軋んで痛い。まるでインフルエンザで高熱出したときのような・・・。って×はな っ たことないけど。とにかく、いつも以上に体調が悪い。ダメージを受けすぎたからかもしれないが。
それに、今日はたくさん壊したから。
パキィィィン!
『―――っ!』
バキッ
『がッ!』
あまりの動悸に立っていられず、とりあえず座ろうと身を屈めると不意に不愉快な金属音二回、そして頭と腹に激痛。そのまま上半身が布団に倒れ込んだ。喉からドロッとして金属臭い、赤黒い液体を真っ白いシーツの上に吐き散らす。それどころか、生暖かいそれが頬に触れて不快感を伴う。
『―――い、ぃたい』
誰にも受取手がない言葉を発したところで意味は無い。自分の無意味な行動 に思わず笑いが零れるが、結局咽せてまた血を吐いただけだった。痛みに視界と意識が霞む。でも痛みだけは生々しく体にのさばっている。
この痛みも、霞んでしまったら良いのに。
でも、この。これらの痛みは決して鈍ることはない。
鈍ってしまっては、意味が無い。
あぁ。
痛すぎて。いたすぎて。なにも分からない。
ただ・・・。
なんか、かなしくて。
そうして、いつものように意識が途切れた。
* * * * *
[ 。随分、意 が持つ だね。痛い 、 ]
―――主、なに、して、?
[・・・ど した?相棒。僕に か、用でも・・・って、“これは” だもんな。用、無 って、いつも一緒、にいる]
―――主、赤い、唇、青い
[ 。まぁ、気にしない 。これは・・・掃除が、大変 ・・・ね」
―――主
[ ]
―――主、冷たい、大丈夫、?
[・・・君は、 らなくて、いい。僕が をしたのか、 そうしたのか。 に僕の 、こんなんだけど、 。
・・・だからもっと自由に きるといい。本当の 思い出せるとい ね。僕はもう、 むよ。
――――おやすみ、相棒。 ]
・・・。
――――・・・。
――――――――・・・・・・・・・・?
『・・・。はぁ』
懐かしい、夢を見た。
そのせいで、もう少し前に見たみんなの最期の記憶をあまり覚えていない。無意識のうちに感傷に浸っていたらしい。
襖を少し開けて外を伺う。まだ薄暗いところを見ると早朝―――具体的には4時ちょっと過ぎぐらいのようだ。一つ大きく伸びをしてから、吐血して汚れたシーツを取る。幸い、本体の布団までは汚れてない。
洗いに行くついでに、風呂も入るか。
口元を強く擦ると凝固物がボロボロと落ちる。何度 か強く擦る。この部屋には鏡がないので確認しようがないが、大体落ちたと思われるので風呂場に向かう。
「おや。今日は随分早起きさんだね」
『おはようございます。石切さん』
「ああ、おはよう。昨日はよく眠れたのかな?」
風呂場に行く途中、石切さんと鉢合わせた。多分、日課である早朝の祈祷のついでに僕を起しに来てくれたのだろう。本当に生真面目な人だ。
『んー。まぁそれなりですよ。・・・昨日は少し疲れてましたし』
「そうなのかい?君でも疲れることはあるんだね」
『・・・・・・・・・。いや、そうは言っても程度は知れてますけどね』
「まぁ、無理をしたら駄目だよ。何事にも節度は大事だからね。・・・それにし ても、また戦支度を解かずに寝たんだね」
『・・・。血なまぐさくてすいませんねぇ・・・。乾いてるからそんなに臭いしないと思うですが。まぁ、どのみち今からお風呂入りますから念入りに体を洗いますよ』
わざとらしく肩を竦めてみせるが、彼はどうやらそういうことを言いたかったわけではないらしく少し複雑な表情をしている。
「・・・。死臭は死を呼ぶ。死は死を呼ぶ」
『分かってます。分かってますが、仕方ないでしょう?』
だって僕は神様じゃないもの。
僕は僕自身の性質に逆らえない。逆らえば消える。それに僕は絶対に折れない。需要がある限り何度でも僕として目覚める。精神を摩耗しようが、体が欠けていようが、おつむが 畜生であろうが関係ない。
『じゃあ、僕はそろそろ行きますね。日課の時間ずらしちゃってすいません』
「・・・。いやいや。呼び止めたのは私だからね。ゆっくりしておいで」
何か言いたげだったが、僕はそれを無視した。だって何訊かれるかなんとなく想像がつくから。そして、それに答える意味も無いから。
石切さんと別れてすぐ風呂場に辿りつく。
風呂に入りながら、さっきの夢に思いを馳せる。
―――おやすみ。相棒。
・・・もう随分穴だらけの記憶になってしまった。でも、主の最期に×を相棒と呼んでくれたあの声だけは何度も反芻され、再生される。
記憶というものは形あるものじゃないのに、物体よろしく綻びて、風化して、見えなくなっていく。無くなるわけではない、というところがみそ。あくまでも記憶は風化されるもの。時が経つごとに見えなくなるだけ。
ある種、紅茶に砂糖やミルクが均一に溶けるように。そして均一に溶けたそれは、都合の良いように味わわれる。
良い思い出が多かったと思う人間には良い味を。
不幸しかなかったと思う人間には不味さだけを。
何もないと思っている人間には中身の紅茶だけでなく、カップさえ無いように。
知覚される。
そういうのを選択的注意っていうんだっけ?
ともかく、どれが正しいだとか、そんなものは存在しない。
ただ言えることは、あながち悪いことだけではないということ。良いこともそれなりにはあったりすること。確実に両方が存在する。
じゃないと、不幸を嘆くことはできないからね。
幸不幸に気づけるか、受け止めて認められるかは本人次第。才能と言っても差し支えない能力だと僕は思っている。
どうにも、主にはそれが欠如してたみたいだ。まぁ最も、本人が意識的に欠如させたのかもしれないけど。
『ふぅ・・・。よし、寝よう』
一通り作業が終わったのでいつも通り二度寝することにする。
またぎねさんが起しにくるのかな、と思うとなんだか可笑しくて笑ってしまう。
『本当にみんな真面目だ よねぇ』
* * * * *
【設定・補足】
・厚藤四郎
主人公とよく組まされる刀剣の一つ。気立ての良い兄貴らしく主人公を支えてくれる。
・金属音
この場合、刀剣が折れる音。出陣したときは必ず部屋に入ったタイミングで独りでに壊れる。本人は身が切り裂かれるような痛みを感じる。
・相棒
主人公の主が主人公を呼ぶ時こう呼ぶ。本人も気に入ってるよう。
・石切丸
第二部隊隊員。主人公に頼まれて毎日早朝に彼女を起こしにいっている。いつも主人公の情報を聞き出そうとするが、ことごとく逃げられる。
・×
一人称
・二度寝
彼女が早く起きる理由は、朝風呂したいから。出陣したときは決まって倒れてそのまま眠ってしまう。シーツを取り替えるためでもある。そしてなにより、二度寝は気持ちが良いから。