<C&P>【銘無しの名無し:内番2/2】
正確な時刻は分からない。空の色を見る限り、もうそろそろ夕暮れ時が近い。薄い鱗雲が山の方へゆっくりと流れ、空の水色は今にも色を失って透けてしまいそうだ。
今していることと言えば、一仕事終えて暫く源氏の2人と談笑をしていた。
…まぁ、談笑ということにしておく。というのも。
「…―――群青ちゃんはなんでもできちゃうんだね」
『いや。そんなことはありませんよ。さっきの髭切さんの説明が良かったからです』
「………」
そう。会話してくれることはしてくれるのだが、彼の弟ーーー膝丸には険呑な視線を向けられていた。僕自身、そういうのには慣れているし、思い当たる節もある。とはいえ、この二極端な雰囲気に挟まれているこの状況は中々に疲れる。
髭切さんはというと、気付いているのかなんなのか、特に反応を示さない。どこか面白がっている風でもあるが。
『…そう思いません?』
「…あぁ、そうだな」
と、まぁ。こんな調子だ。
ついつい苦笑いを零してしまう。ここまで露骨だったら誰でも笑ってしまいたくなるだろう。
「…なんだ?ニヤニヤして」
『いや…。なんでもありませんよ?』
それと。
悪気はないのだろうが、僕の顔を凝視するのをやめていただきたい。それはそうと、お暇しようと口を開きかけたところで意外な人物がこちらに向かっているのが目に入る。
「お嬢こんなとこにいたか。稽古場にも部屋にもいねぇから探しちまった」
『あら?僕に何か御用ですか?』
「用っちゃぁ…、用だな」
玄関の方から真っ直ぐやってきたのは、内番服姿の田貫さんだった。妙に歯切れの悪い感じで声をかけてくる。
これは珍しいと源氏の2人も黙っている。
何も言わないで首を傾げていると、正方形の白い封筒を目の前でヒラヒラのさせる。微かに、何か硬いものがぶつかり合う音が聞こえるがこれは?
「………遠征の、土産だ」
確かに、短く、彼はそう言って封筒を突き出した。
意図が読めないまま言葉と封筒を受け取ったところで、やっと返事をする。
『あ、ありがとう、ございます…?』
どういう風の吹き回しだろうか。
少しバツが悪そうに頭を掻きながら背を向けている田貫さんをよそに、私は封を開けて中身を覗いた。
あぁ。これは…。
『…金平糖、ですね。ありがとうございます』
封を閉じ、田貫さんの背中に向かって軽く一礼する。田貫さんはやっぱり歯切れ悪く「礼を言うなら御手杵に言え」と言った。そしてどこか誤魔化すように手合わせしろ、と重ねてくるのものだから笑ってしまう。
そそくさと立ち去ろうとする彼の背中をぼんやり眺めながら、髭さんにお礼を言う。
『今日はありがとうございました。また縁があればよろしくお願いします』
「そんなに畏まらなくてもいいよ。またね。群青ちゃん」
暖かく微笑む彼にもう一度頭を下げてから彼らに背を向ける。そして、自分の背中に突き刺さる視線を無視して走り出した。
*****
『あの、ぎねさんお土産ありがとうございました』
「あー…あれな。気にすんな。確かに買ったのは俺だが、そもそも、同田貫から提案してきたんだぜ?」
『え…。またなんで?』
夕食の食器を片付けながらそんな話をする。
少し…いや、かなり驚いたので敬語が取れてしまう。特に気にする風でもなく話は続く。
「さぁなー。俺にはさっぱりだ。まぁでも…あんたに対して思うところがあるんだろうよ」
それは、どういう事だろうか。彼とは何もかも違うというのに。ただ単に、目を掛けて貰っているという話かもしれないけれど、どこか含みのあるぎねさんの言葉に引っ掛かりを覚えた。
………まぁ、然程重要ではないだろう。わからなかったというだけで死ぬ訳では無い。後悔することはあっても終わることは無い。そう、後悔がこの身を焼こうと終われない。
「まぁ、嬢ちゃんはまだ馴染めてない様なところあるから、心配だったんだろうよ」
『…。大丈夫ですよ。心配していただかなくても』
ほっといて欲しい。目を掛けてくれてるのは確かにありがたいけど、私はそれには応えられない。ただ、重いだけだ。だから、心配も配慮も要らない。これまでも、これからも、期待に応えることなんてないんだから。
『…わっ、な、なっ、なんですかっ!』
「全く。考えすぎだ」
ワシャワシャと髪を乱暴に掻き回すとそれだけ言って、台所に入っていく。手櫛をかけて自分も後に続くと中には燭台切さんと……。白い人と肌が褐色の、えっと、あれ?なんだっけ。
「いつもお手伝いありがとうね」
『い、いえ。いつも美味しいご飯ありがとうございます』
考え事の最中に燭台切さんか僕の持ってる食器を受け取りに来る。少したじろいでしまったが、彼は気にしていない様子。彼は食器を受け取ると自分の髪の毛を指さして「はねてるよ?女の子なんだから身なりには気をつけないと」とにっこり笑った。
『…これはぎねさんのせいです。不可抗力です』
「御手杵さん、彼女になにかしたの?」
「いや、ただ難しい顔をしてたからちょっと茶化しただけだよ」
『僕難しいことなんか考えてない…です』
「まぁ、ムキになるなよ」
ここでため息を一つ。
はぁーーーー。
ほんと。まったく。
ぎねさんは話しやすいのはいいのだけれど何故か調子が狂う。普段はみんなにからかわれているのに、僕と話す時は逆にからかってくる。ある意味、めんどうだ。
「ははっ。お嬢と御手杵は本当に仲がいいんだな」
『…ぎねさんが勝手に絡んでくるだけです。というか、審神者さんの命令に忠実過ぎです。面倒なら放っておけばいい』
「おいおい。それは言い過ぎじゃないか?まるで言ってることが伽羅坊………悪かったからそんなに睨むなよ」
それはともかく、と白い人。
「御手杵は好きでやってるんだろ?」
「あ?あぁ。まぁな」
『………はぁ。まぁ、好きにしてください。とにかく、お手伝いしますよ燭台切さん』
応対するのが面倒くさくなったので、強引にはなしを切り替える。
皿洗いを手伝おうと腕を捲ると白い人が、俺が今日は手伝うからお嬢は休んでていい、という。なんか癪だったが、突っ込まれるのが目に見えているので大人しく引き下がることにした。
『ありがとうございます。えーっと』
「………鶴さん…。鶴丸だよ。お嬢さん」
苦笑いを零しながらそう教えてくれる。そうだそうだ。思い出した。この白い人は鶴丸国永さん。イタズラ好きの人だったか。ちょっと記憶が曖昧だ。
名前を思い出した、もとい教えてもらったので改めてお礼を言おうと口を開いた。
『あ、はい。フォローありがとうございます燭台切さん。…改めてありがとうございます鶴丸さん』
「おい、まだ俺の名前覚えてなかったのか!?」
こりゃ驚きだ。と金色の瞳を見開いて呆れたように頭をおさえた。
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・群青ちゃん
髭切が主人公を呼ぶときの固有名詞。右目が群青色であることからきている。一部太刀の間で定着する。
・膝丸
源氏の刀。あやかしを切ったとされる刀。兄の髭切を心から慕う。主人公の存在を危険視している節がある。
・金平糖
甘いお菓子。瓶に入っていたりするときれい。
・燭台切光忠
伊達の刀。本丸のおかん。食事は基本彼に丸投げである。本丸の古株で主人公のことを気に掛けてくれている。
・大倶利伽羅
今回、一言も話してない。彼も道場の常連なのでよく顔を合わせるのだが話すかと言ったら話は別。
・鶴丸国永
びっくりじじい。何度か主人公にどっきりを仕掛けているが、そんなに効果が無い。そのせいかなんなのか、名前を覚えられていない。